青春が恋しい?

趣味がない、刺激がない、目標がない、夢がない…。

色々なことを思いつきますが、たった今、昔の夢を見ていて、今はある種の”青春が恋しい”状況なのかなと思いました。

 

青春と言うのは

  • 毎日学校に行かないといけない
  • クラスメイトという、ある程度限りのある嫌でも顔を合わせる人間がいる

という制約の中で、自分たちで幸せを探しに行くような状態だと思います。

確かに学校に行くのは面倒だけど、行けば同じように「今日もしんどいなぁ」と言える友達がいて、必ず毎日同じ場所に集まるので必ず会って話せる人たちがいる。

学校行事なんかも当時はあまり行きたくなかったですけど、大人になると(よくもまぁ、ただ学校に通ってルールに従ってるだけで、面白くて貴重なイベントを用意してくれたよなぁ)と本当に感謝している所です。

 

こういった籠の中にいるからこそ自由を見つけに行くのが楽しいわけで、大学以降のような”どこで、誰と、何をしても良い”といった状態だと、自分のようなあまり人間関係を能動的に作っていかない人間は、自由になった分、逆にかかわる社会が極端に狭くなってしまう。

そういう事を考えて、寝起きの夢から覚めたばかりの頃は(今の年齢で高校もう一回通えないか)とか(でも最終学歴が高卒になるのか)とか、いろいろ考えたりする。

朝になれば「自由サイコー!」と言っているんだけど。

 

P.S.

今日の夢で思い出したのですが、大学在学中は「働かないと生きていけない」という事に対して(なんとひどい世界なんだろうか)と思っていました。

学生の頃はな~~にもしなくても生命活動を維持できるのに(もちろん父上のおかげですが)、一度社会に出ると仕事と言う息継ぎをしないと生きていけないという事。

あと学校なんて適当に過ごしていても適当にオマケしてもらって進学できるけど、(働いたことのない私は)仕事は結果が出ないとお金は貰えないだろうし、勉強していない仕事で結果が出せるのか?という思いがありました。

 

そもそも金なんて稼いだことがありませんから、勉強であればテストで点数を出すことが答えなのに、仕事となるとなんだ…金を生むというフワッとした問題に挑戦しないといけなくて…。

小商いで自分の中ではどう頭を使っても月に2~3万円しか稼げていなかった状態では、大卒と言うだけで月に20万円くらい貰えるそのお金は、いったいどこから湧いてくるのか不思議で仕方がありませんでした。

 

(学生の頃は”なぁなぁ”でも生きていけたけど、社会人になると自分の力で目の前の人間に何かを買わせて、金を貰わないと生きていけないんだ…)

学生の頃は勉強さえしていれば誰にも何も言われなかったのに、大人になると生きていくために仕事をしないといけない、仕事で結果を出さないと死ぬという事が大変なショックでした。

 

社会人になった今は、例えばお金を稼ぐことについては人間の購買活動について沢山勉強して、それを漁のようにたくさんの人間に当てはめてしまえば、その中の何人かは教科書通りの動きをしてくれて、それが結果的におまんまになると認識しています。

目の前の一人から金を貰うのは難しいけど、「人間の〇%はこんな感じで心が動きますよ」と言うのを勉強して、それを100人に実践すると一人くらいはお金をくれて、そのお金で生きていくみたいな感じです。

ようは社会人も結局は勉強で、〇点という具体的な点数は出ないものの、大きく70~100点くらい、30~60点くらいといったアバウトな成績が跳ね返ってくるような世の中だと感じています。

 

寝起きなので何を言っているのかわからなければすいません(笑)

二度寝してきます。