「○○障害のAさん」みたいな分け方について

暇つぶしにYoutubeで「ABEMA報道リアリティーショー アベプラ【公式】」見ていました。

このチャンネルではチック症とか場面緘黙症みたいな障害や、ネトゲ廃人とか”こどおじ”みたいなマイノリティーな生き方についてどの立場にいるかわからない人があーだこーだ話す番組なんですけど、一つ気になったのが「○○症」みたいに名前を付けて分けられるのって本人たちはどう思っているんでしょうね?

 

まぁ手当を貰ったり有効な治療法を考える上ではカテゴリー化するのも良いと思うんですけど、社会の中の彼らを見る限りは別に「○○症のAさん」みたいな名前をわざわざ付けなくてもいい気がするんですよね。

これは私だけなのかもしれませんが、例えば「うつ病」って聞くと、その人をスポッとうつ病の枠に入れて(あぁ、うつ病の人なんだ)とカテゴリー分けして、常にうつ病ありきで人をイメージしちゃうんですよね。

ただ「うつ病」というカテゴリー分けせずに「今はちょっと元気がないAさん」とか「働けない状態のAさん」みたいな風に考えると、自分の場合はその人も別に病気とかそういうのではなく、普通に社会に属している人で今ちょっと落ち込んでて働けないんやな~みたいな程度にしか思わなくて楽に接せられたりするのですけどね。

 

もちろんうつ病とカテゴリー分けされているおかげで、(うつ病だから働けないんだな)とみんなに理解してもらえて、例えば他人に「働けよ!」みたいなことは言われにくいのかも…とは思いますけどね。

ただ病気のカテゴリー分けをしないことで、何かその人に”変な”ことがあっても、それもその人の個性の一部なのかなと思いやすいのではないかなと思うことがあります。

 

例えば「発達障害」という名前が無かった昔は、仮に今でいう発達障害の人でも「あいつは変な奴なんだよな」みたいに言われる程度だったと思います。

それが今はしっかり発達障害とカテゴリー化されることで、よくよく考えてみると別に99%は他の人間と同じことが出来て1%だけ出来ないことがある場合でも、「発達障害」という何か健常者とは全く違う世界の人間に感じてしまう事もあるのではないかと。