幸福と快感の違い?

私は旅行に行ってもあんまり観光地には行きません。

「せっかく旅行に行ったんだから、もったいないなぁ」なんて意見もあるかもしれませんが、これには大きく分けて3つの理由があります。

 

1.いつでも行けると思うから

2.人混みが嫌いだし、海外は観光地ほど危ないから

 

そして3つ目が、「翌日にはどうせ忘れるから」です。

いや、忘れるといってもテキストベースなら覚えてるんですよ。

(俺は昨日、どこどこへ行った)と文字にすることは出来るんです。

 

でも自分だけかわかりませんけど、何食べても、どこに行っても、翌日にはそれを体験している感情を忘れてしまうんです。

その時強烈に感じた感情の追体験がどうしても出来なくて、ぜーんぶ文字の記憶になっちゃうんですよね。

それに気が付いてから(これってもしかして滅茶苦茶無駄なのでは)と思い、ますます行かなくなりました。

 

ただし、その場所を見た瞬間は感情が高ぶってるわけですから、そういった感情の高ぶる場面を毎日の用に用意出来れば幸せな人生なのかな~と思います。

ただこれって”幸福な人生”というより”刺激的な人生”で、いわば脳に薬打ってるような状態で、あんまりよくないかなと思うんですよね(金銭面ももちろんですが)。

 

こういう単発的な体験は「その時は楽しいけどすぐ忘れる」わけですけど、もっと日常でジワ~っと感じる幸福があると思うんですよ。

例えば友達と会って話してるとか、窓を開けるとさわやかな風が入ってきたとか、家庭菜園して野菜が育つ場面を眺めるとか、それこそセミリタイアをしているとか。

こういった幸福ってバチッという刺激は無いんですけど、ジワ~っと幸福も長続きしやすいんですよね(安いし)。

こういうジワ~っという幸福を日常に用意してあげると、安価に幸せな人生が過ごせるのかなと思います。