私がセミリタイアした理由

セミリタイアを目指すきっかけは色々あると思うが、多くの場合は「仕事から逃げたい」というある種のネガティブな理由か、「仕事はもう十分やった」というポジティブな理由に分けられると思う。

私の場合はどちらかというと後者で、仕事自体は向いていると思うし、クリエイティブな作業は楽しいので今でもチョコチョコと仕事はしている。

ただし昔とは違い、少しでもやりたくないと思ったら仕事はしないようにしている。

何か勉強が必要だと感じたら、一か月くらいその勉強のためだけに時間を使う事もある(なんて贅沢だろう)。

なぜ、このような生活になったか。

 

 

自分は当時一人暮らしをしていて、ひたすら事務所にこもって仕事をしていた。

人と会う事もほとんどなく、外に出るのは税理士と会うか食材を買いに行くくらいで、確かにお金を稼ぐには効率が良かったし、割と上手く行っているほうだった。

ただし、だんだんとこんな生活にイライラしてきた。

人類が生まれて何年たったか知らないが、人類が”人間様”になってだいぶ経つのに未だに俺はこんな部屋で機械相手にポチポチやって約80年という非常に短い時間の一部を犠牲にして貰えるものがお金だけなんてやってられないと。

これは今よりも生活環境も悪く、夢も持てなかった世代の人間にとって失礼なんじゃないかと。

 

そもそも「お金を稼ぐ」ことや「仕事をする」ということが、他と比べられないほどの人生の経験やかけがえのないものになるかというと、そうでもない気がする。

世間では「仕事は成長」というが、仕事でしか得られない成長は仕事でしか生かせない事も多い気がするし、仕事以外でも様々なところで人間は成長できると思う。

(そもそも”人は成長しないといけない”というのも疑問だが)

少なくとも今の自分は何か新しい経験をしないと、もしくは働き方を変えないと、人生がひどく空っぽの物になると感じた。

 

 

 

そもそもお金を使う事に幸福感を覚えたためしがなかった。

自分の脳が反応するかどうか確かめるために高いものを買ってみたりしたこともあるが、どんな高級なものを買うより空をぼーっと眺めたり、潮干狩りをしたり、家庭菜園をするなど”地球で遊ぶ”というか、過去の人間が同じように経験してきたことを(おれ今”人間”やってんなー)と感じるほうが何倍も楽しかったし、後になって人生の実りになる経験だと感じた。

 

お金はあればあるほどいいというが、確かに時間を一切犠牲にせずお金を好きなだけ貰えるのであれば好きなだけ欲しい。

ただ自分の時間と引き換えにするのであれば、自分の場合は引き合いに出せる時間に限度があると感じた。

 

 

お金を使って幸福感を得られるというのも一つの才能だと思う。

そして仕事も充実して満足感を覚えていて、バリバリ働いている方は心の底から本当に尊敬するし正直羨ましい。

私の場合は仕事を始める前に、その哲学的な部分を深く考えることなく、ただ数字が増える事だけを追い求めていたためこのような結果になってしまった。